エバ
歴史上の人物を取り上げた作品が上演されると、何故かその人物について知りたくなる単純なワタシ。今回は「エビータ」。
確か、初めてこの作品を観た時にも読んだ気がするけど、今回、また読んでみた。
読んだのは、「エビータ!その華麗なる生涯」(W・A・ハービンソン著) 実はその他にもエビータの人生を取り上げた本を3冊読んでみたりした(^^;; (←相当、暇人)
ノンフィクションであるとはいえ、著者の主観もある程度は含まれてしまうであろうし、また訳者という関門を通らなくてはならないモノにとっては、さらに違うニュアンスとなって受け止めてしまうものなのかもしれない。
それを頭に置きつつ、この数々の書籍に書かれている事が全て事実だとして読んだけれど、彼女の人生は相当、ドラマチックだった訳ですな。(もちろん、一番の真実はその時代に生きた人々だけが知る事であり、もしかすると、国民だって事実は知らされなかったかもしれない。本当の事は本人以外は分からないよな。。。)
舞台で描かれている話と事実を比べながら読んでしまうのは、ワタシの癖(笑)でも、よくまぁ、たった33年の生涯とはいえ、短期間で疾風怒濤の人生を過ごしてきた彼女の様々なエピソードをよくこれだけの作品にまとめたなぁ、というのが感想。
マガが積極的にエバを誘った気配だな。気弱ちゃんなマガじゃなかったらしい(笑)
エバがブエノスアイレスに行って、人気女優になる頃には、髪の毛はブロンド。地毛はブルネットだったのに。これは、劇中でも、その通りに演出されているよな。髪の毛の色、変わったなぁ、と思っていたら、事実か。細かい(笑)
ミストレスのモデルになった人物は確かにいたらしい。しかし、彼女は“ピラニア”と呼ばれていたとか。あんなにおぼこいイメージのあるお嬢ちゃんが、怖い呼び名だったのね(汗)
幼い頃の貧しい暮らしぶり、“父親”の葬儀でのエピソードは、(確か映画では描かれていた)、当時の“格差”社会の真実だったのだな。
軍部やエリート階級との確執は、それはそれは壮絶だったようで、今を生きる自分には想像がつかない。。。
舞台のラストで、17年間、行方不明だった…。という一言だけのチェの台詞があるけれど。それは、彼女亡き後の怒涛の革命の嵐に彼女が死して尚、力を持っていたという事だなぁ。
1955年11月反ペロンの大佐の手で遺体が盗み出され、軍の秘密機関本部、大佐の部下の少佐のマンションへ。さらにCIA本部へ。真実を隠す為なのか遺体と同じ重さに仕立てた棺が数個作られ、様々な場所へ送られた。実際の遺体はボンからミラノへ。そこで別名で葬られる…。様々な憶測が伝説のように流れ、1971年9月、ようやく遺体は発見され、ペロンと再会する。1974年、ペロンの棺と共に公開されたエバの遺体。1976年に家族へ返還。ようやく、落ち着いて眠る事ができたエバ。これが、17年間の空白の出来事。
どの本にも、面白可笑しく描かれていたりする事実もあるけど、それは著者のちょっと斜めな見方なんだろうなぁ。そう、舞台における、チェ目線のようだな。
エバは聖女か悪女か…、それは彼女の行動を知り、それに影響を受けた人々が評価する事であって、ワタシが論じる事ではないと思うので…。ただ、孤児院を作ったり、女性の参政権を確立させた事はすごい事だと思ったぞ、うん。
以下、全くの余談だけど。
わが国の政界で行われていた数々の出来事。まさしく、ミュージカルのナンバーである“エリートのゲーム”での椅子取りゲームをリアルで見ている気分だった(爆)
“一応ルールはあるが 抜け道 裏道 …… 主義は右左”っとな(^^;;
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